アパレル業界から介護事業へ

ー 高橋さん、今日はよろしくお願いします。まず最初に、起業するまでの経緯について教えて頂けますか?

親が会社経営をしていたこともあって、普通のサラリーマンではなく自分が好きなことを仕事にして働きたいと小さな頃から思っていました。当時からファッションが好きだったので、ファッションデザイナーを志して、地元福岡を出て東京のアパレル専門学校に通いました。卒業後、大手アパレル企業で働いた後、独立前に本場で修行したいと思い、イタリアでインターンとして修行を積みました。

ー 介護とは全く違うファッション業界で独立を目指していたんですね。なぜ介護に目を向けることになったんですか?

イタリアから帰国した後、東京の自宅は引き払っていたので、約10年ぶりに福岡の実家で両親と生活していたときのことです。両親が年相応に衰えていることにびっくりしたんですよね。まだ65歳ぐらいなので今すぐ介護が必要になるわけではないですが、それでも私が高校生の時の両親にくらべてかなり衰えていることに衝撃を受けました。

盆と正月に数日帰省するだけでは分からないですが、一緒に住むと色々見えてくるんですよ。認知症ではないものの、朝話したことを夜また話したり、動作も遅くなっていたり。

ー 私も10年以上東京に住んだ後、地元に帰ったので、同じような印象を抱いた覚えがあります。

東京に住んでいたときは、日本の超少子高齢社会の問題について全く実感がなかったんです。東京では、周囲に多くの学生や若い社会人がいましたし。久しぶりに地元に帰ってみて、「このことか」と現実に直面しました。帰国後は、すぐにまた東京に出てアパレル分野で起業するつもりでしたが、弟は転勤が多い仕事なので、誰が親の面倒を見るのか不安になったんです。その不安を解消するために独学で介護の勉強を始めたのが、そもそも介護に関心を持ったきっかけです。

勉強を始めると、医療・介護費用と国の財政問題、介護サービスの質が担保できていない問題、若者が介護業界に就職しない問題など、様々な課題が分かってきました。また、実際に現場を見たいと思い立って、ボランティアや研修を受け入れている介護施設に足を運びました。東京・福岡・山口など各地の施設に行きましたね。いくつもの施設を回ってみた率直な感想としては、「自分はこういった施設に入りたくないな」というものでした。

ー どういう部分でそう思われたんですか?

雰囲気が暗いし、清潔とは言い難い、というのがまず一点。もう一点は、人の対応が冷たかったんです。あくまでも私の主観ですが、入居者に対して上から目線で、サービスを「してあげている感」を感じたんですよね。当時は専門的な介護技術については知識不足でしたが、目に映る印象から違和感を覚えました。

それまではアパレルで起業しようと思っていましたが、介護の現場を目の当たりにして、心境が変化しました。むしろ、目の前がすごく広がりました。

介護事業で地方課題を解決する

ー それは面白い心境の変化ですね。課題を目前にして視野が広がるとはどういうことですか?

介護業界の抱える課題は、自分のこれまでのキャリアで学んできたスキルや経験を活かして解決できるのではと思ったんです。また、地方で若者が働きたいと思える介護の会社をつくることができれば、地方の若者の雇用問題も解決できます。自分は若者を惹き付けるファッションというスキルと経験を持っています。また、飲食業界で働き、ホスピタリティビジネスを学んだ経験もあるので、介護サービスにも活かすことができるはずだと考えました。

それらが実現できれば、地方創生も介護問題も解決する会社をつくることができる。「これまでの自分の人生は、これをやるためにあったんだな」って素直に思えたんです。自分が会社をつくるときは、「情熱をもってやれること」、「人に良い影響を与えられること」、「社会課題であること」、これら3つが重なる分野をやりたいなって思っていました。まさに介護の領域はこの3つの要素を満たしています。以上が、介護事業で起業した経緯です。

ー お話しを伺っていると、確かに介護事業をうまく展開できれば、様々な地方の課題が解決できる気がしますね。

介護業界は未経験で、手元の起業資金も限られていたので、老人ホームなどの大きな施設はできません。それでも何かできないか調べたところ、デイサービスと訪問介護のどちらかであればできそうだと分かりました。両者のどちらを選択するか考えた結果、これまで学んできたファッションやサービス業を活かせるのは箱型の事業で、箱型の方が好きだし得意だと思い、デイサービスから始めようと決断しました。

古民家風のデイサービスをスタート

ー だからデイサービスの事業を選択されたんですね。最初の拠点となる店舗はどうやって探されたんですか?

古民家風のデイサービス施設を始めたかったので、古民家の物件を探しました。地方には空き家の古民家がいくつもあるので、それを活用したかったんです。また、病院などの施設よりも、普段の自宅のような環境のほうが高齢者の方は気持ちが落ち着きます。イメージに合う物件を探すのに苦労しましたが、1ヶ月ぐらいで見つけることができました。

ー 最初のメンバーはどうやって集めたんですか?

大手の介護施設で働いていた高校の同級生がいたので、一緒に始めようと口説きました。ただ、最低4人ぐらいは必要なので、残り2人を求人で募集しましたね。ハローワークと新聞折込チラシを駆使して、60人ぐらいから応募を受け付けることができました。

ー 2名の求人に対して応募60人はすごいですね。そこから厳選して2名採用されたんですね。

結果的には3名採用しました。

ー どういう方を採用したんですか?

私が、その人に介護してほしいなと思う人です。履歴書はほとんど見ませんでした。会話をして、「この人にだったら介護してほしいな」と思える人を選びました。

ー 高橋さんが介護をしてもらいたい人というのは、どんな人ですか?

明るく前向きな人がいいですね。それと、「介護してあげている」と上から目線にならない人。最後は「やる気」がある人です。今、私の右腕になってくれているのはその時に採用した中の1名です。その方は女性でシングルマザーですが、地方ではワーキングマザーの就職先が見つからないという社会課題があることも教えてくれました。子供がいるというだけでキャリアアップの道から外されたり、そもそも就職自体がしづらかったりするんです。地方で事業をやることで、高齢者問題だけでなく若者や女性の就職問題など様々な社会課題を解決できる可能性があるんです。

ケアプランセンターに1000回以上の営業訪問

ー 地方には課題が山積しているからこそやり甲斐がありますね。拠点となる古民家とメンバーが揃って、その後どうやって集客されたんですか?

各地域のケアプランセンター(要介護者の介護認定や介護計画を立てる施設)に営業をしました。当社を認知してもらい、当社の施設に合うお客様を紹介してもらうことが目的です。この地域(福岡県飯塚市)だけでも100軒近くのケアプランセンターがあるんですが、そこに勤めるケアマネージャーの方々に、「新しくデイサービスの施設を始めました」と毎日挨拶に回りました。1日20軒、毎日毎日訪問したので、延べ1000回以上は訪問しましたね(笑)。

ー そこでは最初どういう反応を示されましたか?

最初の反応は散々でした。「介護経験がない20代の若者が介護施設なんてできるわけない。絶対半年で潰れるよ。」などの反応を示されました。でも、その中でも1割ぐらいの人は、「そうだよね、外から人が入ってこないと、この業界は変わらないよね。」といって応援してくれたんです。

その方々のおかげで、「あのデイサービスいいよ」ということを口コミで伝えてくて、オープンして7〜8ヶ月で施設を満員にすることができました。その後、さらに2店舗を開設して、現在は合計3店舗を運営しています。

日本の介護を持続可能な産業に!【後編】

会社情報

所在地福岡県飯塚市柏の森514-4
設立年月2012年4月
社員数15名
関連業界介護
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