ベンチャーから大企業フェーズを経験して。福岡移住後の転職先は第一印象で即決

私の移住転職ストーリー
12/08/2020 更新

東京から福岡へUターンすることを決めた豊田さんは、自治体向けサービスを展開する株式会社ホープへの転職を実現しました。しかし当時、会社側に豊田さんのキャリアに合う求人はありませんでした。

ではなぜ、豊田さんの入社が実現したのか。移住までの経緯と転職の決め手を聞きました。

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15年勤めた企業を退職し福岡へ

―豊田さんは大学を卒業後、2005年に東京で就職しました。当時まだ30人規模のベンチャーだった株式会社日本M&Aセンターで15年働き、会社が上場し500人規模に成長していく過程を経験します。

前職は、中小企業向けのM&A仲介事業をしている会社でした。会社が初めて新卒を募集した年で、就活サイトで見つけて興味を持ち、大学時代に住んでいた広島から大阪まで会社説明会に行ったんです。

そこで社長(当時副社長)の話を直接聞くことができ、ビジネスモデルがとても独特で、「ここは他の会社と明らかに違う、これから面白くなる」とピンと来て、応募し入社することになりました。

最初の3~4年は営業事務や経営企画アシスタントなど幅広い業務を担当しました。企画のほか、広報を中心にIRのアシスタントも経験。PR用の広報誌を上司と相談しながら一人で作っていました。


ーその後、プロジェクトを動かす立場になっていったそうですね。

7~8年目ぐらいからですね。プロジェクトオーナーには営業担当がついて、私は実際に現場を回すポジションが多かったです。2010~2012年ぐらいを境に、事業承継問題が注目されはじめ、競合もどんどん上場していた時期で、M&AのPRの潮目も変わってきたんですよ。どうやってM&Aを知ってもらうか、からどうやったら自社を選んでもらうか、に変わり、それを常に考えていました。

そんな中企画で一番大きかったのは、1000人規模のカンファレンスです。M&Aがテーマという点で当時史上最大級のイベントだったんですが、当初コンテンツどうする、となったときに即座に「M&Aに関する講演者5名は社内から出しましょう」と提案しました。それだけのプロがいること、競合他社との圧倒的な違いを出したかったんです。

結果想定以上の人が集まりキャパオーバーしてしまって。2年目はしっかり備えて、さらに大規模な3000人の企画を成功させました。


ー新卒で10年以上働いた会社から、転職しようと思ったのはなぜですか。

入社当時と比べ社員も10倍以上に増えて、ベンチャーから大企業への成長を経験できました。大きな企画も一通り経験し、この先のことを考えたとき、さて次のステップって何だ?とふと立ち止まったんです。

自分の中でちょっとやり切った感があったからかもしれません。それまでずっと走り続けてきたので、そういう感覚に陥ったのは会社人生で初めてでした。

また同時期に闘病中だった大分の父が亡くなり、4か月後に祖父も逝ってしまいました。葬儀や初盆の行事と自分の仕事との間で飛び回り、東京と大分を往復する飛行機の中で考えたのは、「これから自分は誰とどう過ごす時間を選びたいんだろう」ということでした。

それが2019年で、翌年40歳を迎える年だったのも大きかったです。「このままこの環境で40代を過ごしていいのか?」と40歳という節目がすごく大きな扉のように感じたんですね。

80歳まで生きるとして、人の人生としても、仕事人生としても約半分まで来た。人生の後半に差し掛かるんだと思った時、そこから10年、20年と自分が東京にいるイメージが湧かなかったんです。

そして何より、前職で顧客としていたのは中小企業の経営者ですが、仕事を通じた自分の「顧客」を、もっと若い世代に広げ、彼らのために役立つ仕事がしたいという思いが芽生えていました。

父や祖父の死と、甥2人の誕生がほぼ同時だったこと、そして自分の節目のタイミングが重なり、価値観が変わったのだと思います。

そんな仕事にもプライベートにもモヤモヤを抱えた状態で転職を考え始めて、色々なエージェントに相談しました。最初は東京での転職も視野に入れていたんですけど、エージェントの方達からも「このタイミングで転職するんだったら九州に戻ったほうがいい」と言われたりして、自分としても「そろそろ家族の近くに戻って恩返しするタイミングかな」という思いが徐々に大きくなり、最終的には福岡や九州に絞って仕事を探すことにしました。


ー移住に関して、不安はありませんでしたか。

福岡に限らず、どこかへ移住することに不安はなかったんですけど、どんな会社で働けるのか、そもそも職があるのかはとっても不安でした。いい会社に出会えなかったら、実家に引っ込んでフリーランスになろうかなとか。それなら生活費も抑えられますし。

でも、本音としてはいきなりフリーランスになって半分リタイアみたいになるより、どこかいい企業があったら入りたいなと思っていました。


ー転職活動はどのように進めていったんですか。

初めての転職だったので、情報収集のため10社ぐらいの転職エージェントに話を聞きました。その中で最初に面談したのが、YOUTURNのキャリアコンサルタントの高尾さんだったんです。

まだ転職に関して右も左もわからない状態だったんですが、高尾さんはとにかく話を聞いてくれて、全部受け止めてくれました。当時の状況や課題など色々聞いてもらううちに、考えがクリアになっていきました。あの面談があったから、他のエージェントの方たちともうまく話せたと思います。

当時は転職ノートをつけていて、面談で何を聞かれたか、それにどう答えたかをノートにまとめながら、方向性を固めていきました。あの時、高尾さんにお会いしてなかったら良くわからないまま進んでいたかもしれません。今思い返しても、最初にYOUTURNさんに相談できてよかったです。

「この会社は伸びる」という確信があった

ー当時、YOUTURNで扱っている企業に広報IRのポジションを募集しているところはありませんでした。そこで高尾が、今後マッチしそうな企業をピックアップして豊田さんにご紹介したんですよね。その中から、株式会社ホープに決めた理由を教えてください。

笑い話ですが、入社を決めたのは、最初にホープを教えてもらった時です。まだ面接を受けられるとも聞いてないのに、「私の働く会社はここだ」と思ってしまいました。

不思議なんですけど、「自治体に特化したサービスを提供する」というホープのビジネスモデルを聞いて、前職の日本M&Aセンターを見つけた時と同じ感覚を持ったんですね。「この会社は独特。面白い成長をするに違いない」と。

最初は自治体向けのサービスって具体的に何するの?と思ったんですけど、詳しく聞いて「なるほど」と。そもそも遊休資産であるものを収益化することで自治体に還元するのならば、そこに競合はほとんどいないし、アイデア勝負で成長余地も大きい。

そして何より、自治体相手のビジネスなら、自分が新たに目指したかった「自分の顧客を若い世代に広げる」ということも実現できると感じました。ただおそらく私は、ホープがその時点で広告事業しかやってなかったら、興味を持たなかったかもしれません。

自治体のためだったら何でもチャレンジする会社なのか、運よく自治体マーケットを見つけた広告会社なのかがわからないからです。でも、エネルギー事業やメディア事業など、新しいことを始めていて、本気で「自治体のためになることだったらなんでもやっていきたい」と思ってるんだなとわかったので、俄然興味がわいたんです。

前職の経験からも、事業自体に公共性が高く、ユニークな社会貢献につながっていて、結果社員が理念に賛同できる企業って、すごく強いし成長性があると思うんですね。直感は間違っていなかったと思います。

募集ポジションはないということだったので縁がないのかなと思っていたところ、その後運よく東京で代表の時津と会えることになり、私のホープに対する感想を伝えるだけ伝えることにしました。

面接ではないとカジュアルに臨んでいたので、一通り伝えた後に「社長は広告事業をやりたいんじゃないんですよね?」とか「権限移譲ってどうなってますか?」とか「社長の仕事はどういうものですか」とか勝手に質問するだけしました(笑)。

でも、その日に会っただけの人にこんなに答えてくれるんだ、というぐらい社長が図まで書いて丁寧に説明してくれたのを覚えています。どうなるか全然わからなかったんですけど、「次は会社を見に来てください」と言われて、福岡でもう一度面談して、内定を頂いたんです。


ーホープ側から、「豊田さんのような考えの人はうちに絶対必要だから、社内のロールモデルになってほしい」と要望があったんですよね。入社後はどんなお仕事を?

2020年7月に入社して、今は現場の広報・IR業務を担当しています。リリースを書いたり、メディアとのリレーションを取ったり。IR関連では中期経営計画の発表を8月に行ったのでその準備や司会、発信と入社してからすごい勢いで毎日過ぎていきました。

11月の第1四半期の決算発表の資料を作成して、発表後は投資家との面談に同席して議事録を取り、それが自分自身の勉強にもなっています。さらにこれからのフェーズでは英文での開示対応が必要とのことで、11月末には英文のIRページも主担当で作成しローンチしました。やることが明確で迷いを持つことがないので、忙しくても心地よい充実感の中で日々を過ごしています。


ー入社してみて、ギャップを感じることはありましたか?

それほどありません。入社前に時津から「ベンチャーだからまだ整ってないことが多くて」と聞いていたんですけど、入ってみたら意外と整ってるなという印象です。前職もベンチャー的なところから始まったので、自分たちで作っていった部分もありましたし、何かがないことで不都合を感じたことはありません。

必要なことがあるなら作ればいいのですから。社内はメンバー間の思いやりの意識が強く、フェアな精神のある会社だなと思います。

福岡からグローバルな仕事をしていく

ー福岡に移住し、実家にも気軽に帰れるようになった豊田さん。仕事もプライベートも充実していますが、東京を出たことのデメリットは感じませんか。

デメリットは、特にないですね。もともと大分出身ですし、東京にいる間もわりと引っ越しするタイプだったので、新しい街を開拓するつもりで来ました。

転職を決めたのはコロナ発生前でしたが、今となっては特に生活は福岡の方がしやすいです。東京を歩いてると、わりと近い距離で人とすれ違うじゃないですか。

だからマスクしなきゃ、常に気をつけなきゃとなるんですけど、こっちは東京と比べて人も少ないし、いても距離が取れる。息苦しさがなくなりました。


ー仕事面で、福岡と東京の違いは何かありますか。

あまり差は感じていません。コロナでリアルイベントが全部オンラインに切り替わったので、今のところ情報収集面でも不便はないです。オンラインにみんなが慣れたことで、国内外の投資家さんとのやり取りもむしろ活発化しているように思います。

オファーが来る数は東京も福岡も変わらないんじゃないかと。オンラインで面談していると、「我々福岡の会社なので・・」というと「あ、そうだったんですか」みたいな反応をされたりします。

東京の会社にいると、オンラインになったことで相手との距離が遠くなったような感覚になりますが、地方企業から見ると距離がゼロになった、という感覚です。今後、地方に住みながらグローバルな仕事をするハードルはますます下がると思います。


ー最後に、入社してみてあらためて感じるホープの魅力は?

ホープには、これまで苦労してきた経験から積み上げてきた強さがあると思います。平均年齢30歳とは思えないくらい、ハードルを乗り越えてきた人たちだけが持つ、成熟した頼もしさを感じることが多々あるんです。

その精神的な成熟を持って肉体的には若いわけですから、これからの成長はいかばかりかと社内にいても想像がつきません。力を維持したまま、さらにギュッと伸びていく感覚があって、働いていると日々学びがありますね。

<執筆後記>

豊田さんは前職の経験から、転職先を迷いなく選ぶことができました。複数のエージェントを比較検討していく行動力、そして「これ」と決めたらブレずに進む決断力が、転職と移住を成功させるポイントかもしれません。

ビジネスのオンライン化が進み、地方と東京、日本と海外のハードルはますます低くなっていきます。生活と仕事の両立を求めている人に、福岡移住は特におすすめです。

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著者 YOUTURN編集部
YOUTURNは、累計100名以上のハイクラス・エクゼクティブ、大都市の最前線で活躍されたビジネスパーソンの九州・福岡への移住転職を支援するエージェントです。地域特化、UIターン転職ならではフル・オーダーメイド転職支援を通じて、今世の中の求人票にはない、あなただけの求人ポジションをつくります。

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