「イメージできない方に飛び込んでみる」キャリアの不確実性を武器に変えた、東京→福岡移住転職の軌跡

私の移住転職ストーリー
07/17/2025 更新

何も決まっていない道に飛び込む勇気——。東京から福岡への移住を経て、現在は福岡のスタートアップ株式会社Oxxxで奮闘する河津さん。

一橋大学商学部から日本最大手の総合電気機器メーカーでキャリアをスタートし、その後ベンチャー企業や地場のデベロッパーを経験。「自分が明確なイメージを持てない方に飛び込んでみる」ことを軸に選択を重ねてきました。

大企業の経理として感じた物足りなさから、福岡での新たな挑戦まで。転職を重ねる度に視野を広げ、自分らしい働き方を追求し続ける河津さんの転職ストーリーです。

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高校時代に行動経済学と出会い、商学部へ進学

——まず河津さんの学生時代から教えてください。東京のご出身でしたよね?

はい、私は東京の多摩出身で、小中高大と東京の西側でずっと過ごしていました。高校2、3年生の頃に父親の本を借りて読んだことがきっかけで行動経済学に興味を持ったんです。

人の行動の原理原則、特に「物を買う場面での心理」に興味があったんだと思います。そういう話を親としていた時に「それなら一橋大学の商学部に行ってみたら」と父親にそそのかされました(笑)。

——高校2、3年生で行動経済学に興味を持つって、なんだかすごいですね。

自分でもなんで興味をもったのか全然わからないのですが(笑)、今でも人がどういう軸で動いているかにはすごく興味があります。人と話すのがすごく得意なわけではないのですが、人への関心は強いです。

今思えば、その時から「人がどう判断するか」「どういう心理で行動するか」に興味を持っていたことが、後のキャリア選択にも影響していたのかもしれません。

新卒で大手企業に入社、経理配属で感じた現実

——就職活動はどのように進められたのですか?

もともと食品や一般消費財メーカーでマーケティングをやりたいと思っていました。でもそういったメーカーの新卒採用だと文系からは数名取るだけで、あとは理系中心。全然選考に通りませんでした。

それでもものづくりをしている会社に魅力を感じて、メーカーの中で業種を広げて探していった時に最初の就職先にご縁をいただきました。

——入社前はマーケティングや経営戦略を希望されていましたが、経理に配属されました。

人事に「経理って興味ありますか?」と聞かれて「嫌ではないです」と答えたら、配属されていたんです(笑)。300人の同期のうち経理配属は7人だったのですが、ほとんどみんな「行ってもいいです」と言っただけだったようですね。

業務が入社後1年くらいにかなりできるようになってきて、「もっと仕事を振って欲しい」と言ったのですが、新人に渡せる業務なんてそんなにない。狭い業務領域の中で仕事を緻密にやるのがあまり得意ではなかったので、「もっと幅を広げたい」という思いでモヤモヤしていました。

仕事をなんとか探して定時まで働いていたという感じで。「私は明日出勤する必要ないんじゃないか」と考えるくらい仕事を探すことに疲れてしまっていました。

ベンチャー企業への転職で見えた新しい世界

——1社目は2年強で退職し、東京のベンチャー企業に転職されました。

人数が少なくて、経理も1、2人で、会社や経理の全体像が見えるところで仕事したいと思って転職を決意しました。最終的にはCFOと話をした時に魅力を感じたベンチャー企業に決めました。

——実際に入社してみてどうでしたか?

驚いたのは、経理のマネージャーとして入社する上司と同日入社だったこと(笑)。マザーズ上場後に、CFOが確認しつつも、外部の税理士が会計処理を担当する体制になってしまっており、再度経理業務を内製化するタイミングでした。

私もマネージャーも前のことが全くわからないので、二人で「これはどういうことだろうか」と夜な夜な議論していましたね。どういう解釈したらこの数字になるのかを一緒に試行錯誤していたので、上司というよりも戦友のような関係に感じていました。

2年くらい経った後、だいぶ残業をしなくても業務が回せるようになった時は、「一仕事やり切ったなぁ」という感じでした。上場企業だったので監査対応もかなりの部分を一人でやり、東証一部への変更にも対応しました。

福岡移住への思いと、ありたい姿に向けた人生の分岐点

——2社目で2年半働いた後、福岡に移住されます。どういう経緯だったのでしょうか?

夫が福岡出身で、帰省についていった時に「福岡いいな」と思っていました。2社目で仲良くしていた先輩が辞めたり、マネージャーも変わったりと変化があって。

なんとなく環境を変えたいなと感じていたタイミングで、東京で転職するよりも、いっそ福岡に行ってしまうかと考えました。私の実家は東京ですが都心の雰囲気とは違い、人口密度もほどほどで静かな環境。

働くとなると会社のほとんどは都心にあるので、長く通勤するか、街中に住むかですが、やっぱり疲れるなと。どういった働き方をすれば、ストレスなくキャリアを前進させることができるのか、割と早い段階から考えていました。

生活とキャリアのトレードオフではなく、いいバランスで両方充実させることに関心があったんです。

——福岡への転職活動でYOUTURNを利用していただきました。

高尾さんに会って話を聞いてもらったとき、「これ以上信頼できるエージェントの人はいないんじゃないか」と思いました。初対面なのに、私が思っていたことだけでなく、まだぼんやりしていた潜在的な思いも言語化してくれました。

「いきなり職種も住む場所も変えたら結構ストレスフルだと思うから、一旦経理で入社して職種を変えられる会社に行くのもいいのでは」とお勧めもされました。

——その後、福岡のデベロッパーに入社されますね。

福岡での仕事を探していたときは、このまま経理を続けるのがいいのか考えていたタイミングだったので、ジョブローテーションで部署異動があるという話だったことが大きかったですね。

一度経理で入ってもっと違うことがしたいと思っても、別のキャリアを描いていける会社なのかなと。創業から年数は経っているけど、大手企業ほどの規模ではないので、色々なチャンスもありそうだなと感じていました。

——福岡のデベロッパーでのギャップはありましたか?

福岡という地域に根付いていて、従業員のみなさんが地域のことをよく知っている会社でした。あとは一言ヘルプの声をかけるとめちゃくちゃサポートしてくれる人が多いなと。

2社目がベンチャーだったので、どんどん物事が進んでいた印象に対して、緻密に評価して慎重に進めていくことが多く、実行までのスピード感に違いは感じました。

入社2年目で初めて税務の仕事をやらせてもらい、分社化(シェアード化)など組織の変化も大きい中で多くの経験をさせてもらいました。

次なる挑戦への決断「誰も踏んだことない道に飛び込む」

——4年間働いた後、再び転職を決意されました。

バックオフィス業務を横断して仕事をしたかったので、少人数の会社で探していました。最終的にOxxxに出会ってご縁をいただいたという感じです。

他にも選考を受けていた会社の中で、バックオフィスメンバーながら、将来的には九州の中小企業のコンサルティングチームに入ることもできるという仕事にも魅力を感じていました。実は昔から中小企業を支援したいという思いがあったんです。

——中小企業を支援したいという思いはどこから?

大学時代にNPOに興味があってボランティアをしていたのですが、NPOは営利企業と比べて財務管理に課題があると聞いたり感じたことがあって。その後に出会った社会起業家というワードに魅力を感じました。

現時点では正しい価値で評価されていない商品やサービスに価値をつけていく活動がかっこいいなと。アイデアや解決したいことは社会的に意義があるのに、ビジネスにする中で課題を感じている会社に対して、貢献できるスキルがほしいなと社会人の割と早い段階から思っていた気がします。

——最終的にOxxxを選ばれた理由は?

内定をいただいた別の企業は、「何となくこういうキャリアになっていくんだろうな」というイメージがつきました。一方でOxxxはキャリアのイメージが全く描けなかった(笑)。初めての転職以降、迷ったら「よくわからない方に飛び込もう」と考えることが多くて。

この先、40歳になったらできないかもしれない決断の方に今振り切った方がいいんじゃないかと。確実な未来に向かってただ進んでいくだけの人生は面白くないし、とりあえず不確実な方に行ってみたらいいんじゃないかって。

——現在Oxxxではどのようなお仕事をされていますか?

腹を括ったつもりで選考を受けていましたが、いざコーポレート業務はなんでもやる環境を目の当たりにして不安はありました。でも経営陣2人が「大丈夫でしょ」と言ってくれたので(笑)。今は経理、財務、人事、法務まで幅広く担当しています。

toC(エンドユーザー向け)のビジネスは初めてで、消費者向けの法律等、初めて触れる法律がたくさんあり、インプットしなければならないことだらけです。

私自身は「仕組み化された仕事」を着実に進めるのは苦手ですが、「仕事の仕組み化」は好き(笑)。ある程度定型化できると思ったら、マニュアルにして他の方にお願いしながら、業務領域を広げていこうとしています。

——最後に、移住転職を検討している方にメッセージをお願いします。

人がある選択肢を検討するときに、忘れがちになることがあります。それは、「あなたは選択してないと思っているかもしれないけど、それは別の選択肢を捨てるという選択をしている」ということです。

「何も変えないということも、自分自身が選択している」ということ。選んでないと思っていても、本当はやらないこと、現状維持ということを選択している。そういうことにちゃんと責任を持てるかということ。

東京に居続けたとして、転職したいと思っているけど事実として転職はしてない状態があって、自分が辛い思いをしているとするじゃないですか。それは誰のせいでもなく、動けなかった自分のせいだなって思うようにしています。

現状維持を選ぶということに、ちゃんと責任を持てるかどうか。もしそれで自分が辛くなったとしても、それは自分の選択の結果だと受け入れられるかどうかが重要なのかなと思いますね。

編集後記

河津さんのインタビューで印象的だったのは、「具体的にイメージできない方に飛び込んでみる」という選択軸でした。

大企業からベンチャー、東京から福岡、そして新しい職種への挑戦と、常にリスクを取りながらも自分らしいキャリアを開拓し続ける姿勢は、多くの転職検討者にとって参考になるでしょう。

特に「選択しないことも選択している」という言葉は重要です。現状維持を選ぶことにも責任を持ち、自分の人生を主体的に生きることの大切さを教えてくれます。

河津さんの事例は、地方移住がキャリアダウンではなく、新しい可能性を切り拓く選択になり得ることを示しています。YOUTURNは、このような挑戦を続ける方々のサポートを今後も続けていきます。

著者 津金 大樹
2022年からYOUTURN取締役、2023年より代表取締役就任(共同代表)。YOUTURNの移住転職サポート事業立ち上げ時の2018年から参画。ウェブマーケティング、コンテンツ制作を担当。 当社就任以前は、株式会社LITALICOで新規事業開発部に所属し、プラットフォーム立ち上げ。それ以前は、結婚式場の口コミサイト「みんなのウェディング」にてウェブマーケティングやコンテンツ制作、プロダクト開発に従事。新卒で日立製作所に入社。1984年福島県生まれ。

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