福岡での起業やキャリアアップを考えている方に向けて、今回は株式会社ボーダレス・ジャパンの取り組みをご紹介します。

代表取締役の田口一成氏は福岡市出身の38歳。早稲田大学を卒業後、商社ミスミを経て、2006年に今の前身となる株式会社ボーダレス・ジャパンを創業しました。

以来、外国人向けのシェアハウス運営や、オーガニックハーブの契約栽培などの事業を通じて、差別や貧困といった社会問題の解決に取り組んでいます。現在ではグループ合計1,080名以上のスタッフを擁し、約44億円の売り上げを計上する九州でも指折りのソーシャルビジネス企業です。

特色あるポイントの1つは、ボーダレス・ジャパンならではのカルチャーや価値観。たとえば、ボーダレス・ジャパンでは事業を拡大させるための人材採用は一切行っていません。

また、部長や課長といった中間管理職も設けず、事業・サービスごとに分社化してそれぞれのトップに大きなオーナーシップを与えています。

そうした一般的な企業とは大きく異なる枠組みで急成長を遂げてきた背景には、グループ全体に通貫するカルチャーや価値観があるのではないでしょうか。

「制度は思想」と話す田口氏に詳しくお話を伺いました。


【プロフィール】

◇田口 一成氏
株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長。
1980年生まれ。福岡県出身。早稲田大学商卒。大学2年時に、発展途上国で栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て「これぞ自分が人生をかける価値がある」と決意。25歳で創業。現在は、日本・韓国・台湾・バングラデシュ・ミャンマー・ケニア・グアテマラなど世界8カ国で20のソーシャルビジネスを推進中


稼ぐための事業から社会ソリューションとしての事業へ

――まず、ボーダレス・ジャパンを起業するまでのいきさつについて教えてください。

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田口一成氏(以下、田口) 学生時代から差別や貧困といった社会問題に興味があったので、最初はNGOの設立を考えていました。

ところが、NGOで働く方から「NGOは基本的に寄付金によって成り立っているので、寄付者の意向によって活動が左右されることがある。本当に貧困問題を解決したいなら、お金の方からコントロールできるようにならないといけないよ」と言われ、

それなら、自分はお金の方からバックアップできる人間になろうと思いビジネスを志しました。


――恵まれない人たちへ寄付するために、まずは資金を集める手段としてビジネスを起ち上げようと。


田口 それで実際に会社を起ち上げて、利益がほとんどない時期から売上の1%を寄付していたんですが、徐々に違和感を覚えるようになりました。

寄付を受け取った方からは感謝の手紙や子どもの写真が送られてきます。

嬉しい気持ちがもちろんありますが365日休まずに働いて、実際に寄付できるのはたった数十万円。自分でNGOをやって寄付金集めをした方がよっぽど役に立てるんじゃないかと悩みました。

それで、こうした活動そのもので報酬を生んだり、ビジネスなどのかたちにできたりしないか、と思ったんです。


――そこから今のソーシャルビジネスに転換するまでに、どういった経緯があったんですか?


田口 外国人の住居問題を知ったのがきっかけです。


当時、2006年頃は、多くの外国人が「外国人だから」という理由だけでマンションやアパートの入居を断られていました。明らかな差別ですよね。

とりわけ留学生にとっては深刻な問題で、ある日本語学校ではせっかく日本に来たのに日本人の友達が1人もできず、生徒の8割がそのまま帰国してしまうといった状況でした。

そこで始めたのがシェアハウス。不動産屋さんを説得して回って、外国人と日本人が半分ずつ住めるシェアハウスを作ったんです。

このシェアハウス事業を通じて「ビジネス=お金を稼ぐ手段」という考え方が変わりましたね。外国人への差別にしてもそうですが、ビジネスを通じて社会問題をダイレクトに解決できるのではないかと考えるようになりました。


――それまでの「事業の売上の1%を寄付する」ことから「事業でそのまま社会課題を解決する」ことへ大きく転換したのですね。


田口 その通りです。支援金を稼ぐ手段としてのビジネスではなく、社会課題そのものを解決する手段としてのビジネスの可能性に気づきました。その方が自分の出せるインパクトも大きいと。

それでシェアハウスの次に、途上国の貧困農家の支援事業としてオーガニックハーブの契約栽培を始めました。

農薬や化学肥料を使う必要のないハーブを貧しい小規模農家さんに育ててもらい、収穫した分はすべて買い取り保証します。

事業の立ち上げは僕自身が行って、ある程度スキームができたら、他のメンバーにパスしていく。創業期はそうやって事業を増やしていきました。


「小さい方が強い」10人のチームで10億円の事業


――シェアハウスやオーガニックハーブの事業が軌道に乗った時点で「1つの会社として大きくしていこう」「いわゆるメガベンチャーを目指そう」といった考えはなかったんですか?


田口 それはまったくなかったですね。もともと僕自身が組織を固めて管理するのがあまり好きではないというのもあるんですが、根本的に「小さい方が強い」「小さいからこそ強い」と思っているからです。

たとえば、先ほど話したシェアハウスにしても、マーケットは10億円くらいです。

無理に1,000億円の会社にする必要はありません。

オーガニックハーブにしても市場規模はだいたい同じくらいで、たとえばハーブだけで1,000億円つくろうと思ったら、大資本のスーパーマーケットと提携したり、僕たちのビジョンとズレたこと、つまり売り上げをあげるためだけの施策をやらざるを得なくなってしまうんですね。

一方で10憶円くらいまでの事業なら、サービスを享受する人たちの顔を見ながら1つの分野に特化して楽しみながら仕事ができます。

さらに言えば、10憶くらいのビジネスだと、受注や出荷スタッフは別として10人くらいのコアメンバーで回せるんです。10人のチームならリーダーシップをとれる人はそれこそ無数にいます。

実際、僕自身にもできたし、僕ができたんだから他の人もできるはずだと。僕は大したことない人間だ自分で知っているので。

1人でイニシアティブをとって1,000億円、1兆円の会社を目指すのは大変ですよね。それよりも10人・10億円の事業のリーダーを1,000人集める方が簡単ですし、社会問題ひとつひとつに深く取り組んでいくためにはその方が絶対いいと思っています。


――なるほど。10人のチームを率いる人を集めていくほうが実現可能性が高いですね。ただ、田口さんは「ご自身が1,000億円、1兆円の会社を率いたい」というこだわりはないのでしょうか?


田口 僕自身、そうしたことにこだわりはありません。社会課題を解決できるために最適な手段を考えるだけです。

1つの社会問題をとっても、そこには様々な原因があります。原因の数だけ対策があり、その個々に応じた事業を丁寧につくっていく必要があります。1社で壮大なテーマを追いかけて漫然と事業拡大していくよりも、独立した1社1社が個別の社会ソリューション開発に集中した方がよいものが作れると思っています。


メンバーの成長を促すため、分社化という選択

――今はそれぞれの事業は完全に分社化して進めているんですよね。


田口 はい。以前はすべての事業をボーダレス・ジャパン社の事業として行っていましたが「これは成長につながらないな」と思い、完全に分社化しました。

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▲半年に1度開催しているボーダレスグループ全社の社長陣が集まる「世界会議」の集合写真

――「成長につながらない」というのは?


田口 ボーダレス・ジャパン社の事業として行っていた時でもカンパニー制をひいていて、各リーダーは経営者同様の立場・裁量があったんですが、やはり最後は僕が代表という甘えがどこかにあって、みんなもう1歩力を発揮しきれてないなぁと。

分社化しみんなが代表取締役社長になることで、リーダーの目線というか、目つきが変わりました。肩書きの重さ、ポジションが人を育てるというのはやはりありますね。


――田口さん自身は、それぞれの子会社の事業や経営にどれくらいタッチしているのでしょうか?


田口 僕はまったくタッチしていません。以前は立ち上げ時期には週次で、黒字化した後は月に1回だけ、各社の責任者から相談を受けていろいろとアドバイスをしていたのですが、今年の6月からそれもやめました。


――それはなぜですか?


田口 先生と生徒みたいな関係になってしまうんですよね。

僕の方が圧倒的に経験が豊富なので、どうしても僕の言うことは正解に聞こえてしまうんです。僕はアドバイス、彼らは実行、みたいな構図に自然となってしまう。それではみんなの成長につながらないと思ってやめました。

代わりにこの6月からMM会議という経営会議体を始めました。

6社ずつグループを組んで、それぞれの代表が月1回集まり、課題や解決策を相談し合います。たとえば「人事でこんな課題があるんだけど…」という相談に対して、「うちではこう対処した」「うちはこういう制度設計にした」といったように、6人でインタラクティブに話し合う場です。

全員が先生であり、全員が生徒。昔の寺子屋のようなものですね。「この中から1人も離脱者を出さない」を合言葉にお互いに学び合い・助けあいながらみな経営者としてどんどん成長していっています。


――並列の関係で知見を分け合う印象ですね。給与や報酬の仕組みもそれぞれの子会社で決めているんですか?


田口 はい。

ボーダレスグループは社会起業家の集まりであって、親会社・子会社のような考え方を持っていませんので、当然社長の給料はみんな自分で決めています。

「社長の給与はその会社の中で1番年俸が低い人の7倍以内」というみんなで決めたルールはありますが、具体的にそれぞれの社長がいくらもらっているのか、僕は知りません。


「恩」を受けているからこそチームになれる


――そこまで大きなオーナーシップを与えると、グループとして統制をとるのが難しくありませんか? たとえば今は田口さんやボーダレス・ジャパンの価値観に共感していたとしても、時間が経つにつれて、「自分は会社を大きくしたい」「1,000億円を目指したい」という子会社の社長も出てくるのではないかと。


田口 統制はしていないですね。

規模を大きくするのが目的化してしまうと無理が生まれますが、ソリューションの質や社員の働きやすさを保ったまま、結果として会社が大きくなるのは悪いことではないと考えています。

なので「会社を大きくしたい」という社長がいても当然否定はしません。

ただ、やり方はあるよ、と。組織が大きくなることで生じるブレをどう防ぐか、事業の価値を損なわないようにどうやったら大きくしていけるか、一緒に考えながらアドバイスをしていきます。

たとえば、ビジネスレザーファクトリーには既に100名くらいいます。それで、組織分割しながら運営していく形なんかはよくアドバイスしますね。特に、中間管理職を置かなくていい組織づくりの点です。

大きくなってもみんなが楽しいと思える会社たちであって欲しいと思っているので。


――なるほど。では、先ほどお話があった社長の給与は最低年俸の7倍以内という制限について「自分はもっともらってしかるべきだと思う」という人が出てきた場合はどう対処しますか?


田口 それはないと確信しています。

僕らは1人勝ちの世界は美しくないという価値観を共有しているし、個人の利益を超えた社会的インパクトを求めてここに集っているからです。 それは、僕らの“恩送り経営”にも現れています。


――“恩送り”とは?


田口 ボーダレスグループで起業する人たちは、起業資金から追加投資まで一切の資金手当が得られます。

さらに単月黒字化するまではマーケティングのスペシャリストが伴走してくれ、デザインやシステム開発もすべて無償でバックアップチームが全力でサポートします。

それらはすべて、ボーダレスグループの黒字化した会社が面倒を見てくれているのです。各社の余剰利益はすべてみんなの「共通ポケット」に入れる。そのお金を使って、社会問題のためにチャレンジしようとしている次の社会起業家をサポートする仕組みになっています。


――事業が軌道に乗るまでのサポートを無料で受けている、と。


田口 はい。

みな、そうしたたくさんの人の恩を受けて今があるので、「自分の給与を上げたい」というより「早く利益を出せるようになって、自分も次の人をサポートする側に回りたい」という“恩送り”の気持ちを強く持っています。

自分が立上げ期にみんなに助けてもらったからこそ、これが起業家にとってどれだけ大切な環境かみんな分かっている。人から受けた恩を次の人に送ろうとする「恩送り」のエコシステムの構築こそが、世界中に社会起業家を増やしていくボーダレスグループの全社長の共通目標です。

人を育て助け合う企業カルチャー。ボーダレス・ジャパン田口社長(2)に続く


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会社情報

所在地福岡市東区多の津4-14-1
設立年月2007年3月
従業員数1名
関連業界ソーシャルビジネス(商社・流通・アパレル・小売・サービス・農業など)
urlhttps://www.borderless-japan.com/
詳しい会社概要はこちら