「外さない道」を歩いてきた自分が、初めて"ワクワク"を選んだ——福岡で見つけた、納得感のある働き方

私の移住転職ストーリー
07/24/2026 更新

「福岡で暮らすワクワク感を手放すのは、違うなと思ったんです」

大阪出身の大江さんは、新卒で入社した大手食品メーカーの初任地として福岡へ。営業や営業企画を経て、異動で東京本社に移り、経営企画を担当しました。

働きやすい会社で、キャリアの見通しもある。けれど、福岡で暮らす実感や家族との時間を手放してまで、このまま進んでいいのだろうか。

「外さない道」を歩いてきた大江さんが、初めてワクワクする方を選んだIターン転職。

迷いをどう整理し、株式会社Fusicでの新しいキャリアに踏み出したのか。お話を伺いました。

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大阪から福岡、東京へ。営業と経営企画で積み上げた7年間

——まず、これまでのキャリアについて教えてください。

もともとは大阪出身です。大学まで関西にいて、新卒で入社した大手食品メーカーの最初の配属先が福岡でした。

最初は営業担当として、担当企業の本部・店舗を起点に販促提案に取り組み、担当カテゴリのシェアを大きく伸ばすことができました。その後は営業推進、いわゆる営業企画の部門へ移り、九州市場全体の市場データを分析したり、現場の提案力を底上げするための仕組みをつくったりしていました。

営業として一人で成果を出すところから、組織全体の成果をどうつくるかへ。仕事の軸が少しずつ変わっていった感覚があります。

——その後、東京へ異動されたのですね。

一度は経験しておくべきだという思いもあり、東京への異動は前向きに受け入れました。本社の経営企画を担当し、会社全体の予算管理や関連会社の支援にも携わるようになりました。気づけば、現場から経営まで、仕事の視座が大きく変わっていきました。

ただ、半年ほど暮らしてみると「思っていたよりも、しっくりこなかった」という感覚が生まれてきて。会社に対する不満があったわけではありません。

非常に働きやすい環境でしたし、仕事のやりがいも十分に感じていました。

しかし、このままでは全国転勤が避けられず、将来的にいつ、どこで暮らすことになるのかが見通せないという懸念がありました。

福岡への再異動も難しい現実が見えてきたんです。キャリアの問題というよりも、福岡での暮らしそのものが、東京にいる時間の中でだんだん恋しくなっていった感じです。

「外さない道」を歩いてきた自分が、初めてワクワクを選んだ

——東京での生活で、どんな違和感を感じるようになっていったのでしょうか。

「この生活、なんか違うな」という思いがずっとありました。

当時、職場から少し離れた場所に住んでいたので、早朝に起きて、帰りが深夜に及ぶこともありました。そうなると、自分のことや家族のことを考える余裕がなくなってきて。

振り返ると、「何かを得るために、何かを捨てなきゃいけない生活」だったのかなと思います。

——一方で、安定したキャリアを手放すことへの怖さもあったと思います。

ありました。

自分は、いわゆる「外さない道」をずっと生きてきたんです。高校も、大学も頑張って勉強して、就職活動でも名の知れた企業を中心に受けていました。

自分の軸だけを信じて、周りの目を気にせずに何かを決めるような経験は、あまりありませんでした。だから今回の決断には、これまで信じてきたものを手放すような感覚がありました。

——その迷いは、どのように整理していったのでしょうか。

残って得られるものと、福岡に住んで得られるものを、一回全部書き出してみました。書き出してみると、それぞれで得られるものの性質がまったく違うことに気づきました。

東京に残って得られるものは、確実性の高いものばかりでした。社内での動きやすさや、将来のキャリアパス。先の見えやすい選択肢ではありました。

一方で、福岡で得られるものは、不確実なものばかりだったんです。でも、書き出した内容を眺めたとき、「ワクワクするのはこっちだな」と思いました。

確実なものを積み上げていくために、福岡で暮らすワクワク感を手放すのは、違うなと。

——ちなみに、ワクワクしたのはどんなことでしたか。

ちっちゃいことばかりなんですけど——釣りをしたい、海に行きたい、筋トレをしたい、とか、他にもたくさんありますが、日々のそんな小さなことです。

東京にいるとなかなかできなかったことが、福岡に行けば自然に手に入る。そう気づいたとき、ああ、これで決まりだなと思いました。

「自分がいいなと思うものを、大好きな福岡で手に入れられる。それならもう行くでしょう」という感覚でした。

——ご家族には、移住についてどのように話されましたか。

最初に「福岡、どうかな」と切り出したのは僕です。出会いは福岡ですが、妻も大阪出身なので、言い出すのには勇気がいりました。

ただ、偶然にも妻も同じように考えていたんです。「やっぱり福岡だよね」と。そこはすっと話ができました。

東京なら30件、福岡なら4件。移住を前提に、キャリアを考え直す

——転職活動を始めた当初は、どのような状況でしたか。

最初は大手の転職エージェントも利用していました。ただ、東京なら30件ほど出てくる求人が、福岡になると4件ほどしかない。福岡に行くことを優先するなら、業種だけでなく職種まで変える必要があるのかもしれない、という現実に直面しました。

これまで積み重ねてきた経験を、福岡でどう活かせるのか。自分のキャリアをどう接続すればいいのか。その点には戸惑いがありました。

そんな中で、「福岡 転職」と検索して見つけたのがYOUTURNでした。福岡の企業とのつながりが強く、移住を前提にした転職の相談ができそうだと感じ、登録しました。

——YOUTURNに登録して、何か変化はありましたか。

大手のエージェントでは、どこか作業的に進んでいく感覚がありました。

一方で、YOUTURNでは、面談の中で自分の状況や考えを丁寧に聞いてもらえている感覚がありました。

移住転職を経験した方々の考え方や選択の仕方を知ることができたことも、安心感につながりました。

——当初は、どのような仕事を考えていたのですか。

業界を絞るというよりは、職種を軸にして経営企画や事業企画、営業企画といった企画系のポジションを中心に考えていました。

福岡に行くことを優先するなら、これまでとまったく同じ条件で探すのではなく、視野を広げる必要がある。ただ、それは妥協ではなく、自分の経験を別の形で活かせる場所を探すために必要なことだったと思います。

——その中で、Fusicのカスタマーサクセスという選択肢にたどり着いたんですね。

あらためて、「自分がこれまでやってきたことで、何が活かせるのか」を考え直しました。

営業としてお客様と向き合ってきた経験。経営企画として数字や事業全体を見てきた経験。その2つが重なる仕事として、カスタマーサクセスが見えてきたんです。

IT業界の特性について自分でも調べる中で、「これだ」と思うようになりました。誰かに勧められたからではなく、自分で考えてたどり着いた選択でした。

最後は直感に近い部分もありましたが、振り返ると、きちんと根拠のある直感だったと思います。

——最終的に、Fusicを選んだ決め手は何でしたか。

一番大きかったのは、Fusicが大切にしている「Why we do」という考え方です。

存在意義を大切にする姿勢が、自分にはすごく刺さりました。

前職でも「なぜこの仕事をするのか」を考えながら仕事をすることが多かったので、その考え方が会社の価値観として根付いていることに魅力を感じたんです。

また、その言葉から、自社の事業だけでなく、福岡や業界全体のことまで見ようとしている姿勢を感じました。Fusicであれば、志を持ってチャレンジしていける。そう思えたことが、最終的な決め手になりました。

Fusicで積み上げていく。異業界で活きる前職の経験

——Fusicでは、カスタマーサクセスとしてどのような業務を担当されているのでしょうか。

営業が取ってきた案件を引き継ぎ、システムを使っていただいたうえでの利用状況や課題を踏まえて、今後の提案につなげていく仕事をしています。

今は、お客様がサービスをスムーズに使い始められるように、オンボーディングの準備や問い合わせ対応、請求対応など、カスタマーサクセスの土台となる業務を一つずつ覚えているところです。

システムを導入して終わりではなく、お客様と長く伴走しながら価値を届け続けられることが、この仕事の面白さだと感じています。

——前職の経験が活きていると感じる部分はありますか。

オンボーディングでお客様にシステムを説明する場面では、前職で勉強会のような形で似たようなことをしていた経験が活きています。

請求対応でも、経営企画で数字を見ていた経験が活きています。営業でお客様に向き合ってきたことと、経営企画で全体を見てきたこと。その両方が、今の仕事にもつながっている感覚があります。

——一方で、メーカーからITへ移ったことで難しさもあると思います。

前職では、物を作る場所があって、調達する部署があって、という一連の流れがありました。でもITは、エンジニアが作り、修正も都度かけていく。バリューチェーンが大きく違うんです。

自分の仕事がどこにつながっているのか、どこまで把握しておくべきなのか。そこを理解するところから始める必要がありました。

——その中で、大切にしていることはありますか。

「なぜこの仕事をしているのか」が気になるタイプなんです。

業務の根本にあるものをまず知ろうとする姿勢を、評価してもらえたことがあります。自分は業界理解からしていかないといけない立場なので、やっている業務の上位概念をできるだけ理解するようにしています。

まずこの2、3年は、とにかく集中して業務を覚えたいです。

事業や業界への理解を深め、お客様にとっても社内のメンバーにとっても、安心して相談してもらえるカスタマーサクセスになりたいと思っています。

福岡で生きる実感。自分で決めたからこそ納得できる

——福岡での暮らしはいかがですか。

楽しいです。

ご飯がおいしいとか、自然がたくさんあるというのはもちろんあります。それ以上に、人とのつながりが東京にいたときよりも近いと感じます。

Fusicで働いていても、ぐっと懐に入ってきてくれるような距離の近さがあります。お店に行っても、関西弁で話しているだけで声をかけてもらうことがあるんです。

今は自転車で通勤しています。朝は7時に起きて、8時半前後には会社に着く。東京の頃のように朝5時半に起きる必要はなくなりました。

多少残業があっても、19時、20時くらいには家に帰れます。妻との時間も取れていますし、週末も含めて生活が充実している感覚があります。

——大江さんのように、今の環境に大きな不満があるわけではないけれど、このままでいいのかと迷っている方に、伝えられることはありますか。

僕は「外さない道」をずっと生きてきました。でも、残ることで得られるものと、福岡で得られるものを全部書き出してみたら、「こっちだ」という感覚がはっきりしました。

世間的にこれが正解だとか、キャリアとしてはこうあるべきだということよりも、自分の納得感の方が大事だなと感じています。

迷っているなら、誰かに話すでも、紙に書き出すでもいい。頭の中にあるものを、一度外に出してみることが大事なのかなと思います。

整理するのも自分。結論を出すのも自分。そうじゃないと、「自分が決めた」という実感が持てない気がします。

編集後記

"正解"ではなく、納得感でキャリアを選び直す

大江さんのお話で印象的だったのは、「外さない道を歩いてきた」とご自身で語られていたことでした。

名の知れた会社に入り、働きやすい環境の中でキャリアを重ねていく。そこに残れば得られるものも、将来の見通しもあったはずです。

それでも大江さんは、「福岡で暮らすワクワク感を手放すのは違う」と気づきました。

移住転職は、条件だけで決められるものではありません。

仕事、暮らし、家族との時間、自分が大切にしたい感覚。そうしたものを一度言葉にしてみることで、初めて見えてくる選択肢があります。

大江さんがされたのは、勢いで会社を辞めることでも、福岡への思いだけで転職先を決めることでもない。

残ることで得られるものと、福岡で得られるものを一つずつ見つめたうえで、「自分はどちらにワクワクするのか」を選び直すことでした。

正解に見える道ではなく、自分が納得できる道を選ぶ。

その決断の先で、大江さんは今、Fusicで新しい仕事に向き合いながら、福岡での暮らしを自分のものにし始めています。

著者 津金 大樹
YOUTURN代表取締役CEO。福島県生まれ。新卒で日立製作所に入社。その後、みんなのウェディングに入社し、マーケティング責任者としてIPOを経験。LITALICOで新規事業の立ち上げ後、独立。2022年より取締役、2024年に共同代表へ就任。大企業からスタートアップまで幅広い視点を持ったキャリア支援が強み。

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