「何を手放すか」より、「何を残すか」—自分の軸と直感で選んだ福岡でのキャリア

私の移住転職ストーリー
08/17/2026 更新

「こだわるものは、1つに絞ろうと思ったんです」

パートナーの福岡転勤をきっかけに、自身も福岡へのUターン転職を決めた志田さん。関東では、人材業界で約8年にわたり、企業と人の間に立つ仕事に携わってきました。

東京で築いてきた経験、年収、慣れた業界。移住転職を考えるとき、揺らぐ条件はいくつもあります。

その中で志田さんが選んだのは、あれもこれも満たす道ではなく、「自分が本当に残したいもの」を見極めることでした。

現在は、自治体や民間企業に向けたモビリティサービスを展開するネクスト・モビリティ株式会社で、サービス導入の支援や自社商品の開発に携わっています。

ネクスト・モビリティとの出会い、福岡で始まった新しい仕事、そして移住転職で志田さんが見つけた「自分らしい選び方」について、お話を伺いました。

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人材業界で見えてきた、全体を組み立てる面白さ

——これまでのキャリアについて教えてください。

福岡の大学を卒業後、新卒で入社したのは、全国転勤のある福岡本社の人材系企業でした。初任地は横浜で、技術系の人材派遣を扱う部門の営業からスタートしました。

決め手になったのは、若いうちから裁量のある役割に挑める環境があること、そして何より「助け合いの文化」が根付いていることでした。個人の数字を追うだけでなく、チームや組織全体で支え合う社風に触れ、ここなら腰を据えて挑戦できると確信したんです。

——営業として、具体的にはどのような業務を担当されていたのでしょうか。

正社員として雇用されているエンジニアの方々を、どの企業にアサインしていくかを担当していました。

採用業務は別の担当者が担っていたため、私の役割は配属先となる企業の新規開拓や、配属後のフォローアップが中心でした。

単にマッチングして終わりではなく、エンジニアの皆さんが現場で安心して働けているか、企業側に課題や困りごとがないかを目配りし、双方の間に立って調整を重ねていく。このプロセスが本当に重要で、同時に難しさを感じる部分でもありました。

——入社後は、どのようにキャリアを重ねていったのでしょうか。

1社目には4年半在籍し、2年ほどの営業を経て営業企画へ異動しました。

営業企画では、新卒・中途の教育や研修体制の確立、営業プロセスのKPI標準化といった仕組みづくりから、海外スタートアップの人事総務サポートや営業資料作成など、多岐にわたる業務を経験しました。

多角的な業務に携わる中で、ふと「自分自身の柱となる強みは何なのか」という問いが頭をよぎるようになったんです。このキャリアの見つめ直しが最初の転職へと一歩を踏み出すきっかけとなりました。

——最初の転職では、どのような方向に進まれたのでしょうか。

次のステップとして選んだのは、大手人材紹介会社です。そこではバイリンガル人材を専門に、製造業領域の技術職マッチングを手掛けていました。

前職で海外に関わった経験があり、語学力を活かせる環境に魅力を感じていたんです。

人材業界の面白さを感じていたことに加え、技術やものづくりの深層に触れることも自身の好みに合っていました。これまでの経験を土台に、人材派遣とは異なる「紹介」というフィールドで新たな価値を創出したい、という思いが強まっていました。

——その中で、あらためて面白いと感じたことはありましたか。

最後の1年で初めてチームリーダーを任されたときです。営業企画で感じていた面白さと重なる部分があるなと思いました。

どうすればチームのメンバーの数字を上げられるのか。どう戦略を練ればいいのか。どう教育すればいいのか。そういうことを考えるのが、やっぱり好きだったんです。

一人で売上を上げていくより、一歩下がった状態で全体を組み立てること。どうしたらみんながやりやすくなるか、どうすれば業績が上がるかを考えることの方が、自分には合っていると感じました。

「福岡に戻りたい」から始まった転職ではなかった

——当時、福岡に戻りたいという気持ちはどのくらいあったのでしょうか。

実は、福岡に帰りたいという気持ちはあまりなかったんです。

新卒で入社したときは、「何かあったときに戻れたらいいな」という気持ちはありました。

ただ、東京に住んでみると、そこでの仕事や暮らしの面白さも分かってきて、別に帰らなくてもいいんじゃないかと思うようになっていました。

——そこから、今回の福岡移住につながっていくきっかけは何だったのでしょうか。

きっかけは、パートナーが先行して福岡へ転勤したことでした。

生活が少し落ち着いた頃に、これからどうしたいかと話し合った結果、お互いに「一緒に生活したい」という思いが一致しました。

そうなると、私が転職するか、前職の社内で異動するか。そのどちらかだね、という話になりました。

——そのとき、ご自身の中ではどのように整理していったのでしょうか。

「どうして自分の側が動かなければならないのだろう」という思いが、少なからずあったのは確かです。

ただ、転勤先がたまたま福岡だったこともあり、自分の人生を考え直すきっかけにもなりました。これまで人材業界でキャリアを積んできて、このまま同じ業界で働いていくのか。それとも、ほかの業界にも挑戦してみるのか。

業界をがらっと変えるなら、もうラストチャンスかもしれない。そう思えたことで、自分の中でも消化できました。

——東京への引力のようなものは、残っていませんでしたか。

今でも、東京に惹かれる気持ちは残っています。やはり、最新の技術や新しいものに身近に触れられる機会も、得られる情報の速さも東京が一番だと感じます。

ただ、仕事を変えてまで東京に行きたいかというと、そうではなくて。

——福岡に来たからといって、東京を全部否定する必要はないですもんね。

ネクスト・モビリティ入社前のカジュアル面談で、「もしまたパートナーが東京に転勤になっても、東京でそのまま働いてもいいよ」と言われたことも印象に残っています。

まだ何も決まっていない段階だったので、「え、いいんですか?」と驚きました。東京にオフィスもありますし、東京で働ける環境もある。そういう一言を聞いて、東京を完全に捨てたわけではないんだなと思えました。

譲れないものは1つだけ。条件ではなく、仕事の中身を残す

——福岡で転職先を探すとき、最初に決めていたことはありましたか。

まずは、譲れないものを1つだけ決めてから進めることにしました。

——その1つは何だったのでしょうか。

営業企画の仕事に携わることです。

ただ、営業企画といっても、企画を考えて誰かに渡すだけの仕事ではなく、現場で起きていることを見ながら課題を整理し、解決に向けた戦略を考える。計画通りに進まないことがあれば、状況に合わせて修正し、周囲を巻き込みながら物事を前に進めていくような、そういう仕事の進め方に関われることが、私にとっては譲れないものでした。

——譲れないものを1つに絞ることで、転職先の見え方は変わりましたか。

条件には必要以上に縛られず、選択肢を広く見ることができました。

福岡に移る以上、すべての条件を満たすのは難しい。業界も、年収も、会社規模も、仕事内容も、全部を求めてしまうと、選べるものが限られてしまいます。

人材業界での経験があったからこそ、そう考えられたのかもしれません。

——移住転職において、年収の変化は避けて通れないテーマだと思います。その点はどう向き合われたのでしょうか。

以前の年収水準を、そのまま維持し続けるのは現実的に難しいだろうと理解していました。どの道を選んでも、ある程度下がる可能性はあるだろうなと。

もちろん、年収は会社からの評価や期待値を示す分かりやすい指標ですし、高ければ嬉しいものでもあります。ただ、自分自身の価値がすべて金額だけで決まるわけではない、とも思っていました。

過去を振り返っても、年収が低かった時期に困って不幸だったかというと、そうではありません。生活水準も、年収に合わせて大きく上げていたわけではなかったので、下がったとしても満足できる生活はできるかなと思っていました。

——入口の条件だけでなく、入社後にどう積み上げていくかも見ていたのでしょうか。

今の会社に入ったから言えることですが、評価制度や年収が上がっていく基準を知って、入社後に上げていけば問題ないなと思えた部分もあります。

最初に提示された数字だけではなく、そこでどんな経験を積めるのか、その経験をどう次の評価につなげていけるのか。そこまで含めて考えていました。

直感で惹かれ、経験とつながったネクスト・モビリティ

——数ある会社の中から、ネクスト・モビリティを選んだ理由を教えてください。

YOUTURNの津金さんからは、いくつかの会社を紹介してもらっていました。その中で最後に提案されたのがネクスト・モビリティだったんです。

その瞬間に、ときめきがありました。「ここだ」と。

——どのようなところに惹かれたのでしょうか。

もともと製造業や技術に関わる仕事をしてきた中で、知らなかった領域を少しずつ理解して、それが点と点でつながっていく面白さを感じていました。

ハードウェアとソフトウェアが絡んで、何かが出来上がっていくことにも面白さを感じていました。

ネクスト・モビリティが提供しているのはシステムですが、実際には車両がないと動きません。システムだけでも、車両だけでも完結しない。だからこそ、今後の広がりや可能性を感じました。

——仕事内容としても、ご自身のやりたいことと重なる部分があったのでしょうか。

これまでは社内の人に向けて、プロジェクトをどう推進するか、仕組みをどう作るかを考えてきました。ネクスト・モビリティでは、その対象が社外の関係者に広がります。

自治体や民間企業など、いろいろな立場の人の間に立ちながら、目的地まで進めていく。対象は変わっても、やりたいことの中身は近いのではないかと思いました。

最初は直感でしたが、自分がこれまでやってきたことと照らし合わせていく中で、これはやりたいことの延長線上にあるなと納得できていきました。

——転職活動を進める中で、迷いや戸惑いを感じる場面はありましたか。

動き始めの頃は面接で上手く受け答えができないこともあり、普段エージェントとして求職者の方に伝えているアドバイスを、いざ自分の選考となると実践できない難しさに直面しました。

また、他社の選考対策の過程で、厳しい言葉を投げかけられたこともあります。

ただ、そうした経験やつまずきがあったからこそ、周囲の意見に流されることなく「自分自身の考えを軸に置いて進めばいい」と、改めて自らの決意を固めることができました。

——そうした中で、YOUTURNのサポートは志田さんにとってどのようなものでしたか。

一番大きかったのは、私のことを知ろうとして、理解しようとしてくれたことです。

転職活動中は、何かあるたびに相談していました。迷ったときに、相談できるのはとても心強かったです。

現場の課題に寄り添い、再び組織を動かす側へ

——現在は、どのようなお仕事をされているのでしょうか。

大きく分けると、2つあります。

1つは、自治体向けのサービス導入サポートです。今は入社1年目なので、導入段階のサポートが中心です。導入後には、自治体が何を課題に感じているのか、その課題に対してどのような解決方法があるのか、その中で何が最適解になりそうなのかを考えたり、話し合ったりしています。

もう1つは、自社商品の担当として、その商品をどう開発していくかを考える仕事です。

——実際に入社してから、これまでとの違いを感じる場面はありますか。

これまでと違いを感じたのは、自治体の意思決定のプロセスです。

民間企業、また人材紹介とは、物事が決まるまでの流れや、確認すべき観点が異なります。だからこそ、相手の立場や背景を理解しながら、どうすれば一緒に進めていけるのかを考える必要があると感じています。

関わる方々がそれぞれの役割や責任を持っているからこそ、一つひとつ確認しながら進めていく。その違いも含めて、新しい領域で仕事をする面白さだと捉えています。

——これから目指していることはありますか。

今掲げているのは、2年以内にチームリーダーになることです。マネージャーにも、その目標は伝えています。

これまでも、営業企画やチームリーダーの経験を通じて、全体を見ながら仕組みを整えたり、周囲を巻き込みながら物事を前に進めたりすることに面白さを感じてきました。

今の仕事でも、自治体や社内外の関係者と向き合いながら経験を積み、いずれはチーム全体をより良く動かしていける立場を目指したいと思っています。

仕事後にも気力が残る。福岡で見えた暮らしの手触り

——福岡に移って、生活面で変化を感じることはありますか。

通勤が楽になったのはもちろんですが、一番感じるのは、仕事が終わっても活気が湧いてくることです。

東京にいたころは、日曜の夜になると「また仕事か」という気持ちになっていました。でも今は、そういうことがありません。

今やりたい仕事ができているという要素もあると思いますし、福岡という環境の要素もあると思います。

——仕事後に何かをしようと思える気力が残る。YOUTURNでは、そうした余力を「可処分気力」と呼ぶことがあります。志田さんの場合、その変化はどんな場面で感じますか。

仕事が終わったあとに、もう一つ何かをしようと思えるようになったのは大きいです。

私は体を動かすのが好きなのですが、東京にいた頃は、まず電車に乗ってどこかへ行く、という感覚でした。

今は、自転車で5分の場所に施設があったり、帰り道に体育館があったりします。少し体を動かしたいと思ったときに、無理なく行ける距離にある。その近さが、暮らしやすさにつながっているのだと思います。

食べ物がおいしいことも含めて、日々の生活が身近な範囲で満たされる感覚があります。

——これから福岡移住を考えている人に向けて、伝えたいことはありますか。

2つあります。

1つは、自分が本当に譲れないものを、最後に1つだけ、ちゃんと芯として持っておくことです。それがぶれない限り、自分が目指したい方向や描いている理想に対して、どちらに進めばいいかを考えることができると思います。

もう1つは、移住した後の生活を、できるだけ具体的にイメージしておくことです。

生活費や家賃、住むエリア、仕事が終わった後にどう過ごすのか。分からないことが多いから、不安が大きくなるのだと思います。

だからこそ、自分の中の芯を持っておくことと、外の環境について、自分がイメージできるところまで想像しておくこと。その両方が大事だと思います。

編集後記

「何を残すか」から決める、という選び方

お話を伺っていて、特に印象に残ったのは、志田さんの「選び方」でした。

「こだわりを持てるのは、1つにしないと何も得られない」

この言葉だけを切り取ると、条件を削る話のように聞こえるかもしれません。でも、志田さんのお話を聞いていくと、それは我慢や妥協ではなく、自分がこれから積み上げたいものを見失わないための選択だったのだと分かります。

年収は下がる。東京への引力もある。業界も変わる。

移住転職では、どうしても手放さざるを得ないものが出てきます。だからこそ、何を手放すか以上に、「何を残すか」を決めることが大切なのだと気づかされます。

志田さんが残したのは、課題を見つけ、戦略を考え、周囲を巻き込みながら前に進める仕事。そのたった1つの「こだわり」でした。

営業企画という言葉の奥にある、自分が本当にやりたい仕事の要素を、志田さんは自分の言葉で丁寧に捉えていました。

すべての条件をそろえようとすると、かえって身動きが取れなくなることがあります。けれど、自分にとって本当に譲れないものを見極められたとき、進む道は少しずつ見えてくる。

今まさに立ち止まっている人にこそ、志田さんの話が届いてほしいと思います。

福岡に移るべきか。今の仕事を手放していいのか。年収が変わることをどう受け止めるのか。

その答えを急いで出す前に、まずは「自分が本当に残したいものは何か」を考えてみる。

志田さんの選び方は、そのための一つのヒントになるのではないでしょうか。

著者 津金 大樹
YOUTURN代表取締役CEO。福島県生まれ。新卒で日立製作所に入社。その後、みんなのウェディングに入社し、マーケティング責任者としてIPOを経験。LITALICOで新規事業の立ち上げ後、独立。2022年より取締役、2024年に共同代表へ就任。大企業からスタートアップまで幅広い視点を持ったキャリア支援が強み。

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