「選んだ方を、あとから正解にする」転職を先に、移住は1年後。家族と描く福岡での次のキャリア

私の移住転職ストーリー
09/11/2026 更新

「選んだ方を、あとから正解にする」

大学卒業後にインドで1年ほど働いたのち、大手食品EC企業に入社。移動スーパー事業を展開する子会社へ出向し、約9年にわたって事業と組織の成長を支えてきた坂本さん。

次のステージとして選んだのは、福岡でAIオンデマンドバス「のるーと」を展開するネクスト・モビリティ株式会社でした。ただし、移住は1年後。子どもの教育環境を考え、まずは東京で新たなキャリアをスタートし、翌春に家族で福岡へ移る道を選びました。

これまでのキャリアや転職先を決めるまでの過程、家族や会社とともに形にした段階的な移住について、お話を伺いました。

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熊本からインドへ。社長直下で鍛えられたキャリアの土台

——まず、これまでのキャリアについて教えてください。

出身は熊本で、大学進学を機に兵庫県へ移りました。大学時代には就職活動もしましたが、思うようにいかなくて。卒業後はすぐに就職せず、インドでインターンをする道を選びました。

——大学卒業後すぐにインドへ、というのは思い切った選択ですね。なぜ海外で働こうと思ったのでしょうか。

中学時代に親の都合で海外で暮らした経験から、もともと海外への関心が高く、現地で実際に働いてみたいという思いもありました。

行き先はいくつか選択肢があり、そのなかで環境や条件が面白そうだと感じたのが、たまたまインドでした。

——現地では、どのような仕事をされていたのでしょうか。

現地に住む日本人や旅行者向けのフリーペーパーを制作する会社で、ホテルやレストランなどへの広告営業を担当しました。

社長と学生インターンが中心の小さな会社で、インターンでも数字を持ち、営業から紙面制作まで自分で完結させる必要がありました。まず動き、上手くいかなければ修正する。そんな日々を通して、「働くとはどういうことか」を初めて実感できた気がします。

——インドから帰国したあとは、どのような道に進まれたのでしょうか。

インドでご縁のあった方から、いくつかの会社を紹介していただき、そのうちの一社だった大手食品EC企業に入社しました。

——インドで働いていた頃と比べると、環境も、仕事の進め方も大きく変わったのではないでしょうか。

入社後の1年半ほどは、本体側でEC事業に携わり、新規顧客の獲得や、商品の需要予測、欠品防止などを担当しました。

最初に配属されたのは、社長直下に暫定的につくられた部署です。当時の社長は、極めて論理的な人物として社内でも知られていて、そこで求められたのは、考えを整理し、要点を短い時間で伝えることでした。

インドでは、まず行動し、上手くいかなければ修正していくという仕事の進め方だったので、最初はかなり戸惑いましたね。

チームは自分以外、ベテランばかり。毎週の社長定例では、自分が資料を作り、報告を任されていました。ところが、話し始めて20秒ほどで「何が言いたいのか分からない」と言われ、そこから2分近く沈黙が続くこともあって。隣の先輩たちも助けてはくれず、当時は「なんで?」と思っていました。

ついていけるのか不安でしたが、今振り返ると、社長直下で過ごしたあの1年が、社会人としてのベースを作ってくれたと思います。

数名の子会社へ。事業と組織の成長を支えた8年半

——そこから、子会社へ出向されたんですね。

最初の部署に配属されて1年ほど経った頃、M&Aを経てグループ入りした企業への出向者を募る話があり、面白そうだと思って手を挙げました。

出向先は、創業者が引き続き経営に関わる数名規模の会社でした。正直、あまり深く考えず、勢いで決めた部分もありましたね。

本体で自分の立ち位置をどう築くかという不安もあり、出向先のほうが「自分らしくやっていけそうだ」と感じたからというのも理由の一つです。

——出向先では、創業者の近くで働かれていたそうですね。

特に最初の3年ほどは、出向先の創業者と一緒に出張したり、隣で考え方を聞いたり、たくさん叱られたりしながら過ごしました。そうした経験も含めて、自分の20代のベースを作ってくれた環境だったと思います。

創業者は、良くも悪くも、とてもフラットな人でした。国や官庁に対しても、おかしいと思うことには「おかしい」と声を上げて戦う。一方で、取引先である地域の小さなスーパーマーケットのオーナーに対しても、上からでも下からでもなく、対等に向き合っていました。

「商売は常に対等であるべきだ」と。相手の立場や組織の規模によって、自分の振る舞いを変えない人でした。

判断の出発点も、常に「お客さんが困っているか」「そこにニーズがあるか」でした。組織側の都合など、余計な判断軸を足さないから、結果として判断がぶれない。

その姿勢には、今もかなり影響を受けています。

——出向先には、どれくらいの期間いらっしゃったんですか。

8年半ほどです。小規模だった組織が数十人規模まで拡大し、事業も組織も大きく育っていく時期を現場で経験しました。

担当するミッションや、その時々の注力事項が1、2年単位で変わっていたので、良くも悪くも飽きなかったんだと思います。7年ほど経つまでは、違うことをしたいと思うこともほとんどなく、ずっと没頭していました。

転機になったのは、7年ほど経ったタイミングで、一つの大きなミッションをやり切ったことです。今振り返ると、燃え尽き症候群のような状態になっていたのかもしれません。

それが一つの区切りになり、次のチャレンジや環境を考え始めました。

家族で九州へ。中断を経て動き出した移住転職

——ご家族とどこに住むかということも、転職を考えるきっかけになったのでしょうか。

キャリアとは別の軸で、家族とどこに住むかという話もありました。

自分のなかでは、関東はずっと住み続ける場所ではないという感覚が以前からあったんです。子どもが誕生したこともあり、近いうちに九州へ戻りたいという気持ちは、日に日に強くなっていました。

妻は茨城県出身で、九州にはゆかりがありません。それでも、ありがたいことに九州への移住には前向きでした。妻自身が温泉好きということもあって、九州で暮らすことにはずっとポジティブでした。

——YOUTURNへの登録後、一度活動を中断されたそうですね。

登録したのは、1年半から2年ほど前です。ただ、ちょうど2人目を授かった時期と重なり、すぐに九州へ移るのは難しく、一度活動を中断しました。

半年ほど後、東京で開催されたイベントに参加したことが、活動を再開するきっかけになりました。「次に転職するなら九州で」という気持ちは変わらなかったので、まずは早めに情報を集めておこうと思ったんです。

その後の面談で、「転職活動をすることと、実際に転職するかどうかは分けて考えたほうがいい」と言われたことが、今も印象に残っています。

移住を伴う転職は、日々の仕事や生活のなかで、どうしても後回しになりがちです。次に何をするのか、いつ動くのかを明確にし、ときには少し強く背中を押してもらえたことで、活動を進められたと思います。

移動スーパーから地域交通へ。対話の先に見つけた次の挑戦

——実際には、何社くらいとお話しされたのでしょうか。

カジュアル面談だけで、5、6社ほどです。

初めての転職活動だったので、実際に話してみなければ分からないという感覚が強くありました。前職では採用する側も経験していましたが、応募する側になるのは初めてでした。だからこそ、複数の会社と話してみたいと思ったんです。

条件に惹かれて転職しても、本人の力を十分に発揮してもらえるかどうか、組織に馴染めるかは別の問題だというケースも見てきました。

一方で、本人の経験と組織が求めていることが合えば、きちんと活躍できることも知っていました。

そのため、「条件だけで選択肢を絞らないようにしよう」という意識はあったかもしれません。

——ネクスト・モビリティは前職とは異なる業界ですが、紹介を受けたときはどのような印象でしたか。

公共交通は自分にとって、まったく知らない世界だったので、最初は正直、それほど事業のイメージが湧きませんでした。

ただ、YOUTURNから、今どのようなフェーズにある組織なのかを補足してもらったり、YOUTURN経由で入社した方が今は社内の中核を担っているという話を聞いたりするうちに、少しずつアンテナが立っていった感じです。

——事業について知るなかで、どのような点に惹かれていったのでしょうか。

実際に話を聞くなかで、業界は違っても、ビジネスモデルや解決しようとしている課題が、前職で経験してきたことに近いと気づきました。

前職では、地域のスーパーマーケットと一緒に、移動スーパーを地域に根づかせてきました。ネクスト・モビリティでは、自治体や交通事業者と一緒に、新しい移動サービスを地域に定着させていきます。

その一方で、事業開発や新しい付加価値づくりなど、これからやってみたいことにも挑戦できる。経験を生かしながら新しい領域に踏み出せる点が、一番しっくりきました。

——正式な選考の前にも、複数回カジュアル面談を重ねられたそうですね。

現場のGMの方と2回ほどお話しし、仕事のやりがいだけでなく、組織が抱える課題も率直に聞くことができました。完成された組織ではなく、まだ整えていく余地がある。その状況も含めて、自分には面白そうだと感じました。

もちろん、面談だけで100%の確信を持つのは難しいので、6割ほどの手応えを目安に、最後は「えいや!」で決めました。

選考はすべてオンラインだったため、内定後に「一度、現地へ行かせてほしい」とお願いしました。当時の副社長や社員の方々との食事の場も設けていただいて。そこまで時間をかけてくださったからには、仕事で応えたいと思っています。

——入社後は、どのような仕事を担当されているのでしょうか。

運行支援といってカスタマーサクセス業務を担当しています。

新たに導入が決まった自治体では、サービス開始に向けた準備を一緒に進めます。すでに運行している地域では、毎月事業をモニタリングし、改善策を考えています。

まずは実務を通して、事業の基礎を身につけているところです。前職と共通する部分はありますが、新たに学ぶことも多く、まだまだ必死ですね。

転職を先に、移住は1年後。家族で選んだ段階的なスタート

——転職後も、まずは1年間、東京で暮らすことを選ばれたんですね。

子どもが今通っている幼稚園の方針や考え方に、夫婦ともにすごく共感していて。福岡ですぐに同じような環境を見つけるのは難しいだろうと考え、まずは1年間、関東で働くことに決めました。

自分のキャリアの話ではありますが、妻や子どもの考え方や、人生の歩み方も含めて考えた結果です。

——その働き方について、会社とはどのように話し合ったのでしょうか。

選考が進むなかで、現場のGMの方に状況を正直に伝えました。すると、所属は福岡本社のまま、1年間は東京オフィスで勤務し、月に1週間程度、福岡へ出張するという形にしていただけました。

こちらの事情をくみ、柔軟に対応してもらえたことは、本当にありがたかったです。

——月に1週間ほど福岡へ出張するなかで、どんなことを感じていますか。

社内の人間関係や仕事の細かい部分など、対面だからこそ分かることは多いですね。そのやりやすさを改めて感じています。

実務でも、ようやくいろいろな点と点がつながってきました。「こういうことはできませんか」と、自分から先輩や上司に相談し始められているタイミングです。

まだ福岡に住んだことがなく、土地勘もほとんどありません。同僚におすすめの場所を聞いたり、出張に休みをつなげて自転車で街を回ったりしながら、少しずつ福岡を知ろうとしています。

前回の出張では福岡市内に宿が取れず、糸島に泊まることになりました。ただ、朝の通勤時間帯に地下鉄がどれくらい混むのかを、端の駅から実際に見られたので、それはそれでよかったです。

物件探しも、これから本格的に進めていく予定です。

——来年の春にはいよいよご家族で福岡に移られますが、楽しみなことや、逆に少し心配なことは?

今はほぼ楽しみなことばかりです。

自分も妻も、住む場所が数年おきに変わる生活を重ねてきたので、環境が変わること自体にはあまり抵抗がありません。自然が好きなので、キャンプや釣りなど、福岡へ行ったらやりたいことはいろいろあります。

不安というほどではないのですが、「なんとかなるだろう」と思いつつも、子どもたちがそれぞれ幼稚園や小学校に馴染むまでは、多少苦労することもあるだろうと覚悟はしています。

——最後に、これから移住転職を考えている方へ、メッセージをお願いします。

最初から絞りすぎないこと、自分のなかで選択肢を決めつけないことは、すごく大切だと思います。移住先を選ぶことにも、どの会社に入るかを決めることにも、通じる話です。

自分は割と、人生の大きな選択を直感で決めるタイプです。住む場所でも仕事でも、「選んだ方を正解にする」くらいの勢いでやってきました。

もちろん、実現するまでは一生懸命取り組むべきですし、自分もそうしてきたつもりです。ただ、「これだけが正解だ」「絶対にこれをつかみ取りたい」と強く思うほど、そうならなかったときの気持ちやモチベーションの落差を、長く引きずってしまうこともあると思います。

就職や転職が上手くいかなかったとしても、自分の能力が足りなかったとは限りません。企業が人を必要とするタイミングや、求める能力と、たまたま合わなかっただけということもあります。

だから、望んだ結果にならなかったとしても、すぐに失敗だったと捉える必要はない。その先をどう楽しむか、どう正解にしていくかという姿勢が、大切なのではないかと思います。

編集後記

決断のあとに、関わり続ける力

お話を伺っていて印象に残ったのは、「直感で決める」という軽やかさと、その先で人や仕事に粘り強く向き合う姿勢が、坂本さんのなかに同居していることでした。

私たちは転職を考えるとき、どの会社が正解か、どの条件なら後悔しないかと、決断するまでの過程に多くの力を使います。けれど、どれだけ情報を集めても、その先のすべてを知ることはできません。

仕事の面白さも、人との関係も、自分がそこで発揮できる力も、実際に飛び込み、関わるなかで見えてくるものがあります。

「選んだ方を、あとから正解にする」とは、直感だけを信じることでも、自分の決断を無理に正当化することでもありません。

その場所で人と向き合い、自分にできることを重ねながら、進む道を少しずつ育てていくことなのでしょう。

人生を変えるのは、決断した瞬間だけではありません。そのあとにどう関わり、どんな時間を積み重ねるか。

その歩みが、進んだ道を正解へと変えていきます。

著者 津金 大樹
YOUTURN代表取締役CEO。福島県生まれ。新卒で日立製作所に入社。その後、みんなのウェディングに入社し、マーケティング責任者としてIPOを経験。LITALICOで新規事業の立ち上げ後、独立。2022年より取締役、2024年に共同代表へ就任。大企業からスタートアップまで幅広い視点を持ったキャリア支援が強み。

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